大判例

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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)8418号 判決

原告

小村はま子

右訴訟代理人

小泉哲二

三木俊博

被告

株式会社日本貴金属

右代表者

永田輝秀

被告

永田輝秀

右被告ら訴訟代理人

井門忠士

主文

一  被告らは、原告に対し、各自五五〇万円及び内金三〇〇〇万円に対する昭和五六年一〇月一四日から、内金二〇〇万円に対する同月二一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一当事者

被告会社は、昭和五四年二月一日、貴金属等の売買を目的として設立され、大阪金為替市場組合という名称の私設市場の会員として金取引を行なつていたが、昭和五六年九月一六日、金が商品取引所法二条二項に基づく政令指定商品として指定された後は、香港純金塊取引と称する金地金の取引を行なつているものであること、被告永田は、被告会社の代表取締役であることは、当事者間に争いがない。

二原告と被告会社間の取引契約

(一)  原告は、被告会社との間に、以下のとおり金地金につき、香港純金塊取引と称する取引の季託契約を結んだ。

(1)  昭和五六年一〇月一三日に三ユニット(但し、一ユニットは三、七四二五キログラム)の買注文(第一取引)

(2)  同月一四日に二ユニットの買注文(第二取引)

(3)  同月二六日に五ユニットの売注文(第三取引)

(二)  原告は、被告会社に対し、同月一四日に第一取引の代金として三〇〇万円を、同月二一日に第二取引の代金として二〇〇万円をそれぞれ支払つた。

被告会社は、同年一一月二六日、第一、第二取引を清算した結果、九三五万八八〇九円の損失を生じたとして、右五〇〇万円を右損失に充当し、四三五万八八〇九円の損失を残しているとしている。

以上の事実は、当事者間に争いがない。

三被告らの責任

(一)  香港純金塊取引の仕組

(1)  香港純金塊取引とは、被告会社が、顧客から金地金について取引の委託を受け、寶發金號の加盟する香港における金の取引市場である貿易場において、寶發金號の日本における代理業務を担当しているユニオンを通じて金取引を行なうことを内容とするものであることは、当事者間に争いがない。

(2)  〈証拠〉によると、以下の事実が認められ、以下の認定に反する証拠はない。

(イ) 香港における金の取引場である貿易場は、別名中国金銀業貿易場ともいわれ、一九一〇年に創設された金市場である。貿易場の会員はすべて中国人で構成されており、現在の会員数は一九五名である。

貿易場においては、会員同志の信頼を重んじ、取引において契約書を作成することもなく、殆んどが設立時以来の慣習で行なわれている。取引時間は、月曜日から金曜日までは、前場が午前九時三〇分から午後〇時三〇分(日本時間午前一〇時三〇分から午後一時三〇分)、後場が午後二時三〇分から午後四時三〇分(日本時間午後三時三〇分から午後五時三〇分)、土曜日は、前場だけ午前九時三〇分から午後〇時(日本時間午前一〇時三〇分から午後一時)となつている。取引単位は、一〇〇テール(3.7425キログラム)を一ユニットとし、呼値は一テール当りの香港ドル価格で行なわれている。取引方法は、数量価格の一致したもの同志が売買を個々に成立させるといういわゆるザラ場方式により行なわれ、代金の支払と金地金の引渡が即日なされる現物取引と、代金の支払と金地金の引渡が翌日以降に持ち越されるオーバーナイト取引(繰り延べ取引)とがある。オーバーナイト取引においては、会員は顧客から金地金価格の一定割合の証拠金を受け取り、貿易場に繰り延べ保管料を支払うことになる。又、オーバーナイト取引では、売主はその欲する期間だけ現物の引渡を延期できるし、買主もその欲する期間だけ現物の引取を延期できるのであるが、この両者の利害を調整するため、貿易場は需給関係を見計つて売買の相手方に対し、現物が不足している時には、売つていながら現物を渡さない者又は渡せない者から罰則的に金利を徴収し、逆に現物が充分あるのに買手が現物を引き取らない時には、買手から罰金を徴収する、という意味内容を持つプレミアムを課すことを行なつている。但し、同一人が売買同数のオーバーナイト取引を行なう場合には、プレミアムを払う人と受け取る人が同一人になるため、プレミアムはかからないことになる。オーパーナイト取引は将来のある時期には必ず決済されなければならないものであるが、途中で転売買戻による差金決済ができる。貿易場における取引価格については、前場、後場の各オープニング、クロージングの四価格並びに最高値、最安値が共同通信等によつて公表されている。

(ロ) 被告会社は、昭和五六年九月一五日、貿易場の取引会員である寶發金號との間で特約店契約を締結し、顧客から委託を受けた貿易場における取引を、寶發金號の日本における代理業務を担当するユニオンを経由し、寶發金號を通じて行なうことを内容とする前記香港純金塊取引と称する取引を開始した。

被告会社は、各顧客から、香港純金塊取引顧客承諾書、香港純金塊取引同意書及び注文書により注文を受けると、ユニオンに対し、電話で、貿易場の前場、後場の各取引時間開始前又は終了前約一〇分迄に、それまでの各顧客の注文を一本にまとめて被告会社の名前で注文を入れ、ユニオンは直ちに寶發金號に対してテレックスで注文を通すことになる。寶發金號は、貿易場で、注文にかかる取引を成立させ、その成立価格をユニオンに対しテレックスで連絡し、ユニオンは被告会社に対し成立価格を電話で知らせる。ユニオンは、後日、被告会社に対し、改めて売付報告書又は買付報告書を郵送して取引の成立を報告し、被告会社は、ユニオンからの報告書に基づき顧客に対し売付又は買付報告書を作成し、郵送する。被告会社は、顧客から注文にかかる金地金一〇〇テールを一ユニットとし、一ユニット当り一〇〇万円の最低受渡代金の支払を受け、取引を終了させる場合には、新たに反対売買の注文を受けて差金決済の方法で清算することによつて取引が終了するが、反対売買の注文に対しても最低受渡代金の支払が必要である。

(二)  本件取引の経過

〈証拠〉によれば、以下の事実が認められ、以下の認定に反する証拠はない。

(イ)  原告は、昭和五六年一〇月七、八日頃、二回にわたつて被告会社から電話による金取引の勧誘を受けた。

原告は、同月一三日、自宅において午後四時頃から約一時間半にわたつて、被告会社従業員安本道から、「香港純金塊取引は現物取引である。今は金を買つて損をすることはない。一口三〇〇万円で期間は長くとも一か月位、短かければ一、二週間で必ず利益が得られる。絶対に大丈夫である。」などの説明を受けて勧誘された。原告は、家庭の主婦であつて、大学卒業後、旅行代理店勤務や中学校教諭としての職歴をもつとはいつても、株式の取引、商品取引の現物及び先物各取引のいずれの知識も経験もなかつたことから、安本道の説明をそのまま信じて、同人の持参した香港純金塊取引顧客承諾書、香港純金塊取引同意書について、同人から説明もなく、理解できないまま右書面に署名押印し、更に、注文書に安本道が売買区別欄の買の部分を丸囲みし、数量欄に三ユニット、価格欄に三一七三香港ドル、備考欄に成り行き2/2と各記入した後、それらの意味について同人から説明のないまま同様に署名押印し、第一取引を委託した。その際、原告は、安本道から、三〇〇万円が三ユニットの金地金代金の約一割に相当する最低受渡代金であるとの説明がなかつたこともあつて、三〇〇万円が三ユニットの金地金の受渡総代金額であると誤信し、同日一万円を支払い、残金二九九万円を翌日支払うことを約束した。(但し、原告が被告会社から電話による勧誘を受けたこと、原告が右各書類に署名押印し、右受渡代金を支払つたことは、当事者間に争いがない。)

(ロ)  原告は、同月一四日、安本道と被告会社従業員東條和夫の訪問を受け、同人らと連れ立つて銀行で預金を引き出し、被告会社の本社において、第一取引の残代金二九九万円を支払つた。

原告は、その場で、引き続き東條和夫から、金の動きと世界情勢との関係の説明を受けた後、「今は絶対に金は値上がりしている。今金を買わなければあとで後悔する。これは本当に短期間のことだから確実に大丈夫である。」などの勧誘を受けたため、これを信じ、注文書に東條和夫が売買区別欄の買の部分を丸囲みし、数量欄に二ユニット、価格欄に2/1備考欄に成り行き2/1と各記入した後、それらについて説明のないまま署名押印し、第二取引を委託した。原告は、そこでも二〇〇万円が二ユニットの金地金価格の約一割に相当する最低受渡代金であるとの説明を受けておらず、二〇〇万円が二ユニットの金地金の受渡総代金額と誤信し、同月二〇日に二〇〇万円を支払うことを約束し、同月二一日、被告会社従業員尾崎明に右受渡代金二〇〇万円を支払つた。(但し、原告が右各書類に署名押印し、右受渡代金を支払つたことは、当事者間に争いがない。)

(ハ)  原告は、昭和五六年一〇月二六日、自宅において、被告会社従業員岡本明から、「今、金は下がつているからその損失を防ぐためには売注文を出さなければならない。」旨の説明を受けた。原告は、前記安本、東條の言葉を信じて第一、第二取引を行なつたにすぎなかつたことから、どうしていいのかわからず、それ以外に特別の説明も受けずに岡本明の勧めるままに、注文書に岡本明が売買区別欄の売の部分を丸囲みし、数量欄に五ユニット、価格欄に一―一三〇八○香港ドルと各記入した後、それらについて説明もないままに署名押印し、第三取引を委託した。(但し、原告が右書類に署名押印したことは、当事者間に争いがない。)

(ニ)  被告会社は、原告に対し、第一取引について、昭和五六年一〇月一三日午後の二節において三ユニットの金地金を一テール当たり三一七三香港ドルの価格で買い付けた旨の買付報告書を、第二取引について、同月一四日の午後の一節において二ユニットの金地金を一テール当たり三一九七香港ドルの価格で買い付けた旨の買付報告書を、第三取引について、同月二六日の午前の一節で五ユニットの金地金を一テール当たり三〇八〇香港ドルの価格で売り付けた旨の売付報告書を各郵送するとともに、同日、右第一ないし第三取引について原告の顧客売買明細帳に原告の確認を求め、原告はこれに確認した旨の署名押印をした。

(ホ)  原告は、同月三〇日頃、自宅において、被告会社従業員牧野道雄から、第三取引にかかる受渡代金五〇〇万円の支払を要求されたが、先に岡本明からは売注文に際しても受渡代金の支払を必要とすることの説明を受けていなかつたので、右支払請求には応じなかつたところ、同年一一月二日頃、牧野道雄から五〇〇万円を支払わなければ解約する旨の申し入れを受け、これを承諾した。

被告会社は、原告が右差金決済における反対売買の注文を行なつていないにもかかわらず、同月二六日、第一、第二取引について差金決済し、原告に九三五万八八〇九円の損失が生じたとして、受領している五〇〇万円を損失に充当する処理を行なつた。(但し、原告が五〇〇万円を支払わなかつたこと、被告会社が、右解約によつて原告に九三五万八八〇九円の損失が生じたとして、受領している五〇〇万円を右損失に充当する処理を行なつたことは、当事者間に争いがない。)

(三)  被告らの不法行為責任

(1)  以上認定した事実によれば、被告会社の香港純金塊取引においては、すべてオーバーナイト取引が行なわれ、差金決済の方法で取引が終了しているが、その実質は先物取引と異ならないというべきであり、現物繰り延べ取引というのは用語の違いにすぎない。このことは、先に認定したとおり、安本道の勧誘の際の説明において、当初から金地金の現物の授受が全く問題とされておらず、又、岡本明が原告に対し、商品先物取引において価格の下落が予想される状況のもとで買い付けた商品を転売して価格の下落による損失を埋め合わせる場合に用いられるいわゆる保険つなぎ(ヘッジ)のための空売りを勧めていることからもうかがわれるところである。そして、本件各取引の後に制定された海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律二条二項に基づく同法施行令二条において、貿易場は金の先物取引市場であると指定されていることは、当事者間に争いがない事実である。

又、本件取引の経過をみると、被告会社従業員らは、商品取引に関して全く知識、経験を持たない原告に対し、香港純金塊取引の実態が先物取引にほかならないにもかかわらず、現物取引であるかのように誤信させる説明をし、金の価格が騰貴するとの断定的判断を提供することによつて、徒らに原告の射幸心をあおる勧誘を行い、又、受渡代金の意味に関する一切の説明を行なわないまま過当な投機に引き込み、更に、被告会社としては、原告から新たな注文を受けることができないことがわかると差金決済をし、原告に損害が生じたとして受領代金の返還を拒否していることが認められる。

してみれば、本件取引は社会的にみて到底許容されない違法なものというべきである。

(2)  以上の理由により、被告永田は、被告会社の代表取締役として被告会社の業務としての香港純金塊取引を総括する者であるから、その職務上、立場上本件取引の共同加功者として不法行為者の責任を免れず、被告会社は、その従業員の業務の執行に関する違法行為について、使用者としての責任を負うべきである。〈以下、省略〉

(福永政彦 小野剛 青野洋士)

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